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夏の終わりに はなのいた日々

ここ数日、涼しい日々が続いていますね。

8月最後の週末。やっと書けそうな気がしてきたので、 この夏、14歳2ヶ月で天国に旅立った愛犬、 ケアンテリアのはなのことを書きたいと思います。

2000年5月生まれのはなは、生後わずか45日で我が家に来ました。

七夕の短冊に「犬が飼えますように」と書いた2日後の7月9日のことでした。

(願いが叶った!と騒いでいたら、「自分で買ったんじゃん」と笑われましたが)


お店の一番奥の段ボール箱の中で鳴いていた、 手のひらにのるような、小さな小さな子犬。

ケアンテリアという犬種のことも知らなかったのですが、雑種みたいなぼさぼさの混ざり毛がたまらなく可愛いと思って、連れて帰ってきてしまいました。

5年ぶりの犬のいる生活が本当にうれしくて、毎日連れ立って散歩に行きました。

春も、

夏も、

秋も、

冬も。

ふざけて撮った写真がいろいろ残っています。

一緒にワインを飲んで?いるところ、PCで写真を見ているところ、

かぶりものをさせられているところ、

がじがじしているところ、おしっこしているところ。

はなは、消化器系の持病があったにもかかわらず、

大食漢で食いしん坊で、食い意地が張っていました。

自分のごはんを食べ終わっても、どうしても人間のものが食べたい。 キッチンに来て、落ちてきそうなものを狙う。 テーブル脇に来て、ちょうだいちょうだいをする。

もらえないとわかると、ふてくされる。


車に乗って遠くに行くのも好きでした。 窓から顔を出して、気持ち良さそうに風に当たっていました。

休みの日には、ときどき遠出をしました。 房総に借りていた畑、

山奥の温泉宿、

紅葉の渓谷。 自然が大好きでした。


典型的なテリアキャラクターで、頑固でマイペースでしたが とても人なつこく、物怖じしない性格。 お客様や出先で会ういろんな方に可愛がっていただきました。


現在小5の甥が生まれる前からいた犬。


家族写真にもいつも一緒に写りました。

撮影にもときどき連れて行きました。 無料で使えるモデル犬なので、何度か雑誌のモデルもしました。

でもやっぱり家にいる時間が一番長かったし、 一番好きだったのではないかな。

うれしいときも、悲しいときも。

調子のいいときも、悪いときも。

仲のいいときも、けんかしたときも、忙しいときも。

いつも当たり前のように近くにいて 同じようにしっぽを振って、どこに行くにもついてきた愛犬。

そんな愛犬も、少しずつ少しずつ年を取って、 全速力で走る姿も、階段を何度も上り下りする姿も ここ数年は見られなくなっていたけれど、

もう少し、一緒にいられると思っていました。


動物病院でできることは手を尽くし、 「あとはご自宅でゆっくりさせてあげてください」と言われた日。

目を見開いて苦しんでいる愛犬の全身をなでながら、夫が 「はな、あんなところに行ったね。あそこにも行ったね。 川に入ったり、池に落ちたりしたね」と話しかけたら、 そのときだけ、じっと目を閉じて聞いていたのだそうです。


まさかそれが最後の夜になるとは思っていなかったので 教えてもらった通り皮下点滴をして、酸素マスクを顔のところに近づけて 数時間、仮眠をしていました。

午前3時頃、ふと起きてみると、速かった呼吸がゆっくりになっていました。 少し楽になったのかな、と思って近づいてみると はなが、何か言いたそうにしました。 急いで夫を起こしました。


じっとこちらを見ている愛犬に思わず、 「はな、もうがんばらなくていいんだよ」 「よくがんばったな」と声をかけました。

もう顔を動かす力もなくなっていたのに、 はなは、自力で酸素マスクをよけて、 わん、わん、と聞こえないくらいかすかな声で2回鳴きました。 それから、しっぽを振って、脚をぴーんとはって、 目を開けたまま、静かに息を引き取りました。 その間、わずか10分ほどでした。



もういくら後悔してもしかたのないことだけれど、 最後の1週間だけは、本当にもっとどうにかしてあげたかった。

7月中旬に大きな撮影で2日間朝晩家を留守にし、 7月の最終日に揃って行く出張が入っていた私達に ひとつも仕事の支障をきたさせずに、駆け足で逝ってしまったはな。 事情を話して、都合をつけることだってできたのに。

あんなに食べるのが好きだった犬が、 大好物のささみもトマトも枝豆も桃も 何も受け付けずやせ細って、目を見開いたまま苦しんでいた姿は きっとどんなに時間が経っても忘れられない。

あんなに苦しんで、痛がって、こわがって。

そう思っても、もう遅いんだと考えながら、亡骸をきれいにして、 はなが初めて来た日に私が着ていたTシャツをかけて、 買ってきた花できれいに飾って、 夕方、家を出るまでの時間を過ごしました。


冷たく、固くなってしまったはなに触れるのがなんとなく恐ろしくて、 そのおでこをそっとなでることくらいしかできませんでした。

夕方近くになって、様子を見に行くと、 苦しそうだった最後の顔が、だんだん変わってきていました。 大好物を目の前にしているときのような、 満足そうに口角を上げた、いつもの笑顔に。

容態が悪くなってから1週間、 病気や薬品の、なんとなく不吉な感じの匂いがしていた小さな身体。 でも、お別れで家を出るとき、そっと抱き上げると はなの背中とおでこは、いつもの匂いに戻っていました。 おひさまに当たったぼさぼさの混じり毛の、 温かく陽気な、あの匂いに。

大好きだったあの笑顔とあの匂いを 最後に残していってくれたこと。 きちんとお別れのあいさつをしてくれたこと。

私達の悲しみが最小限になるように ちゃんと考えていてくれていた、はな。

だから私は、ひどいペットロスのような症状にもならず、 比較的淡々と、日常生活に復帰することができました。

その気持ちに応えて、 はなのことを思い出すときは、いつも笑顔でいたいと思います。


2000年の7月に偶然立ち寄ったあのお店で はなを見つけて、連れて帰ってきて、 本当によかったと思います。 はなも、うちにきてよかったと思っているといいな。

私の大切な友達、はな。

またどこかで、必ず会おうね。 そのときまでさようなら、ありがとう。


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