愛犬ふうのこと

「名前の通り、風のようにやってきて、風のように行ってしまったね」

曇り空の土曜日、大好きだった公園の近くでお別れの儀式をしてもらい、一筋の煙になって天に昇っていく愛犬ふうのことを、旦那がそんなふうに言いました。


9年前の夏、お店の他の子犬より大きくなっていた、ちょっと売れ残り気味のプードルとダックスのミックス犬。旦那がなぜだかすごく気に入ってしまって、一度はそのまま帰ったものの、次の日仕事先から「あの犬がまだお店にいるかどうか電話で聞いて」とメールが来て、問い合わせしたらまだいるとのこと。すでに1頭先住犬がいたので、まさか買うことはあるまいと思っていたら、次の日会社を休む手続きをしてきて、再びお店に行ってさっさと決めてしまったので、びっくりしたことを覚えています。


さて、一目惚れして家に連れ帰ってきたのはいいのですが、先住犬のケアンテリアが気の強い性格のうえすでに11歳だったこともあり、なかなか受け入れてもらえず、最初の頃はちょっとかわいそうでした。追い回されて家具の間に隠れて出てこられなくなったり、遊ぼうとすり寄ってもうざがられて怒られたり。ふうは、先輩犬はなに邪険にされると、よく一人でソファに頭突きをしてくやしがっていました。頭をソファの下に潜り込ませてぎゅうぎゅう押している姿が、「くやしい〜、くやしい〜」と言っているみたいで、かわいそうだけど面白くて、ちょっと笑ってしまいました。


先輩のことは大好きだったんだと思います。

ごはんをもらうのも、散歩のリードをつけてもらうのも、留守番をして「おりこうさんだったね」と頭を撫でてもらうのも、全部先輩が先。2頭が一緒に暮らした3年間に身につけた、末っ子の悲哀を感じさせるふうの行動の癖は、今思い出しても本当に面白くて、愛おしいものでした。帰宅してドアを開けると、一直線に走ってきて撫でてもらう体勢になる先輩の隣で、ふうはいつもそのへんに落ちていたおもちゃを拾って、口にくわえたまま「おもちゃがあるから、こっちも見て〜、こっちも見て〜」とアピールするのです。先輩がいなくなってからもその癖は抜けず、いつまでもこの「おもちゃ見て〜、こっちも見て〜」アピールは続きました。



パンクな髪型と不思議なバランスの体型。規格外のルックスが見ているうちにじわじわと魅力に思えるようになりました。

ふうのどこがそんなに気に入ったのか、旦那に何度か聞いたことがありました。「どこにもいない風貌だと思ったから」というのがその答え。耳と尻尾の毛と尖った鼻とマッチョな前脚の形がダックスで、あとはほぼプードルの混ざり具合。中途半端な胴長短足と中途半端なくるくる巻き毛。尻尾が長くて全身のバランスがちょっとウナギイヌのようで、毛が伸びるとパンキッシュなドレッドヘアのようになる、ユーモラスな風貌。ちょっと人見知りだけど、ひょうきんで明るく素直な性格で、うれしいと走りながらねずみ花火のようにくるくる回るのも癖でした。朝起きると一歩先にベッドから飛び降りて、前足と後ろ足、順番にきちんと伸びをし、「おはよう、今日も始まったね!」と陽気な笑い顔でこちらを見上げるのが日課。元気でエネルギーが有り余っていて、病気一つしない丈夫な子。なぜか血も濃くて、7歳まで輸血のドナー登録をしていました。


はなが14歳で死んでしまったとき、変わらずそばにいてくれたふうに、どれだけ助けられたことでしょう。夜中に思い出してメソメソしていると、必ず起きてトコトコと隣に来て、顔を舐めてくれたな。それから6年、いつもそばにいることが当たり前のように思っていて、いつかこういう日々に終わりが来ることはわかっていても、それが今年だなんて思いもしませんでした。まだたくさん楽しい時間が残されていたはずなのに、こんなに早く死んでしまうなんて。広い公園でおもちゃを投げてロングリードで一緒に走る遊びも、ちょっと人見知りなので控えていた、泊まりがけのドライブ旅行も、これからやっと楽しめるかな、と思っていたばかりだったのに。



ふうの具合が急に悪くなったのは8月末で、散歩中に突然倒れました。熱中症かと思って病院に連れて行ったら、もっと重い病気でした。心臓の血管に小さな腫瘍ができてそこから出血しており、心膜との間に血が溜まって心臓が鼓動を打てなくなってしまう「心タンポナーゼ」という症状を起こしていたことがわかりました。発症原因は不明で、「まだ若いのにどうしてこんな病気に」と獣医さんも言っていました。そのときは救命措置をしてもらって持ち直しましたが、「予後のよくない病気」と不吉な告知をされて、「いつまた発作があるかわからないので、決して一匹にさせないでください」と言われたため、仕事を調整し合って必ずどちらかが自宅にいるようにしました。


酸素室の中からずっとこっちを見ていました。

それから3週間近く平穏に過ごし、普通にごはんも食べるし、短い時間なら散歩もOKだし、なんだ、大丈夫じゃん? と思っていた矢先。9月半ばの午後に様子がおかしくなり、すぐ病院に走ったところ、着くなりパッタリと倒れてしまいました。集中治療室に入り、最初の発作のときにもしてもらった、心臓から注射器で溜まった血を抜いて、自分の血管に戻す「自己輸血」の措置を、8時間で5回も行いました。処置をするたび意識が戻り、尻尾をぱたぱたと振って不安そうにこちらを見ていた姿が忘れられません。夜が更けていき、担当の先生は「ご希望なら朝まで処置はします。毎回起き上がる姿を見ていると、どうしてもあきらめきれない」と言ってくださいました。本人も力の限りがんばっていましたが、やはり限界が来て、最後は家に連れ帰りました。


家に戻ったらほっとしたのか、横になったまま動けなくなり、1時間ほどで息を引き取りました。

犬の最期を看取ったのは2度目ですが、どれだけ衰弱していてもやはり、最後の瞬間に声を振り絞って、何度も鳴くんですね。何と言っていたのかはわかりません。ありがとうって言っているんだよ、とよく言われますが、ふうは、もしかしたらそうじゃなかったかもしれないな。「くやしい〜、くやしい〜」だったのかもしれません。


私もたぶん、一番強い感情はくやしさで、逝ってしまった瞬間と、翌日亡骸に付き添っているとき、悲しみよりもむしろ、くやしさの方が強く込み上げてきました。それからとにかく、ふうに申し訳なくて。いつまでも先住犬の思い出に浸って、ケアンテリアを見かけると「やっぱりテリアは可愛いなぁ」と言ったり、もうケアンテリアを飼っていないのにテリアグッズを買って部屋に飾ったりしたのがいけなかったんだ。急に庭仕事に凝り出して、バラの苗をたくさん買ってその世話にかまけ、ふうとの時間をたくさん取らなかったのがいけなかったんだ。だから悪いことが起こったんだ……。論理がつながらない、そんなことを考えてしまったりしました。ここ最近は仕事ばっかりして、たくさん遊んであげられなかった。いつも、私たちの仕事が終わるのをソファでおとなしく待っている間、さびしかっただろうな。老犬になるまで一緒にいたかったのに、こんなに若いうちに死んでしまって。


ふうは、息を引き取ってからも驚くほど長い間温かくて、目を閉じなくて、その目がまだ、生きているみたいにキラキラしていました。苦しそうだった表情も、1日のうちに安らかな顔に変わり、大好きだった庭の方に目を向けて、うとうとしているみたいにも見えました。その姿を見ていると少しだけ慰められ、最後に抱っこして車に乗り、公園の近くに行って火葬してもらうときは、ずいぶん心穏やかでいられました。


最後まで優しいきれいな目で、この世の中を見ていた愛犬ふうは今、厳しかったはな先輩の隣に並んで座っています。天国では2匹、仲良くしてくれているといいのですが。ショック状態の中、慰めてくださった周囲の方々の言葉がとても響きました。「思い切り泣いて、そのあとは楽しい思い出を胸にね!」そんな言葉を肝に銘じ、しばらくの間は、亡き愛犬を静かに思って暮らそうと思います。


こんなに早くお別れするとは思わなかった、愛犬ふうのこと。とても個人的なことを一気に長々と書いてしまいましたが、書かないと前に進めない気がしたので、お許しください。


20年ぶりの、ワンコ不在の生活です。シーンとした家の中の、ソファの凹みや、かじりかけのガムや、玄関にぶら下がったままの散歩用のリードに、まだ彼女の気配が残っています。9年と1ヶ月を一緒に暮らした、忘れることのできない、とてもいい犬でした。


ふう、無事に天国に着いた? うちに来てよかった? 私は、旦那がふうに一目惚れしてくれてよかったよ。うちに来てくれて、本当にありがとう。必ずまた会えるからね。達者で暮らせよ。またね。

#111, 1-17-15 Shoan

Suginami-ku Tokyo 

167-0054 Japan

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